メールマガジン No101~110

目次

★第101回 料理の分類について その1 ★

本日 2月2日は、節分です。国立天文台が発表した「暦象年表」によると、
「立春」と「節分」が例年よりも1日早くなるのは、1897年以来 124年ぶりだと
いいます。
感染症や自然災害は、昔から【鬼】の仕業と捉えられてきたそうです。
「新型コロナの感染をこれ以上広めない」といった気持ちで豆まきをして、
厄介な【鬼】を追い払い、たくさんの福が呼びこまれますように…。

今回は、『料理の分類について その1』をお届け致します。

和食について考えていたら、気になることが出て来ました。
それは、料理の分類です。和食の範囲を考えた際に、ラーメンは和食か、
カレーライスは和食か、かつ丼は和食かと問いかけましたが、逆に、ラーメンは
中国料理か、カレーライスはインド料理か、と言う問いも、発生します。

カツ丼は、カツがフランス料理で、タマネギの卵とじを醤油とミリンで味付けた
ものと御飯が和食であるとか、カツを割り下で煮た時点で和食になるという意見
もあります。だったら、ソースカツ丼は、どうなのか。
どれも、なにかすっきりしません。

一般的に分類の方法は、二つの種類があるように思えます。ひとつは、生物の
分類のように、一つの点からドンドン枝分かれして行く方法、もう一つは、
様々なフィルターというか網をかけて、そこを通り抜けるものとその網に
掛かるものを分ける方法です。

後者の分類方法は、どのようなフィルターというか、切り口を選択するかが、
分類のポイントでしょう。

味噌だと、分類の方法(切り口)は、幾つかあります。農水省の基準である、
麹の原料によって、米味噌、麦味噌、豆味噌。他には、色が赤いか、淡色か。
粒味噌か漉し味噌か。塩分による甘いか辛いか。

これに関連して、熟成期間が長いか短いか。
(この区分けは、長期熟成を気にする人は、気にしますが、配合によって
適正な熟成期間が決まるために、私は、配合に合わせた正規の熟成期間を
満たしていれば、良いと思っています。必要以上に長期熟成にすると、
その味噌本来の味が、劣化します。)

このように分類の切り口が、幾つもありますが、料理の場合、どんな分類が
あるのでしょう。
材料による分類として、主菜で分類して、肉料理、魚料理、野菜料理。
特に野菜や魚は、旬があるために季節により変化しますので、季節による
分類もありでしょう。

主食になる穀物による分類は、トウモロコシ、小麦、米がメインで、後は
イモでしょうか。味付けにより分類は、難しいかもしれません。日本では、
肉ジャガとカレーがほぼ同じ材料です。これに、国・地域の分類を加えると
分類が可能になるのでしょうか。

料理の場合、切り口は、あまりにも多過ぎます。全ての料理を分類するのは
諦めざるを得ません。
そこで、和食か、和食でないかという分類に絞って私なりに考えたいと思い
ます。

和食か否かとする切り口は、なにがあるのでしょう。
まずは、箸だと思います。中国文化の影響下にあった諸国は、箸です。
ただ、ウィキペディアで箸を検索したら、世界の人口の3割は箸を使い、
4割は手、3割がナイフとフォークだとありました。

地球の総人口70億人だとして、その3割は21億人です。日本の人口の
10数倍です。しかし、箸を使って食べるというゴールに向かって素材を
加工するとなれば、他の食べ方とは、違った調理法が必要になって来ます。

箸の使い方は、挟むか、刺すかの2種類がメインになります。切り分けると
言う使い方も出来なくはないと思いますが、挟む作業の先にあるものなので、
ナイフとフォークのように簡単には出来ないと思います。

従って、それによって、食材のサイズの大きさが決まってきます。
上記の方法で切り分けることが可能な堅さであれば、大きいサイズも許容
されます。小さい方は、いくらでも行けそうに思えますが、手数が掛かる
ので、量が限られます。

このように、箸を使うと言うことは、材料の堅さによって、サイズや量が
決まって来ることになります。
箸を使うだけでは、和食と決められませんが、他の切り口を加えれば、
合わせ技で、行けると思います。

中途半端な進み方ですが、とりあえず、今月はこのくらいで締めます。

★第102回 料理の分類について その2 ★

ここ数日、花粉の飛散量が多く辛い日が続いています。本日3月3日、関東では
スギ花粉が空気中に多く飛散していることを示す「花粉光環」が発生しました。
綺麗な虹色なのですが、花粉症の方にとっては、複雑な心境になりますね。
花粉症の方は、まだしばらくの間、万全の対策をしてお過ごしください。

今回は、『料理の分類について その2』をお届け致します。

先月に引き続き、和食の範囲についての考察を申し上げます。

続いて、和食の条件として、料理の材料が、日本に昔から存在する材料である
という切り口が、浮かびました。
それについて考えると、そもそもは、弥生時代に帰化人がコメを持って渡って
来た。という話からになるので、古事記、日本書紀から紐解かねばなりません。

もともと、日本列島には、ドングリを代表とする木の実くらいしかなかったと
思われます。海の幸は、豊富です。

まずは、どの時代で線を引くかだと思います。その線引きの提案としては、
明治維新となると思います。その理由は、体系的な料理が入って来たことに
よって、和食というジャンルが出来たと思うからです。それ以前は、日本全国で
食べられていた料理が全て和食であり、料理=和食でした。

もちろん、それまでにも、中華料理や朝鮮料理が、部分的に入って来ましたが、
それは、和食の一部として吸収されたように思えます。今では、誰もが和食と
疑わない「天ぷら」も室町時代に入って来たことがわかっています。これも、
和食として取り込まれた料理だと思います。

だから、明治維新を経て文明開化の名の下に、洋食がナイフとフォークを伴って
輸入されて、ライスをフォークの背に載せると言う訳の分からないテーブルマナー
をも含めて、初めて和食に対抗する食文化が現れたことになります。そこまでは
繰り返しになりますが、鎖国のため、和食の一人天下でした。

しかし、明治維新で線引きをするとなると、すき焼き、しゃぶしゃぶ、豚の生姜
焼きを始めとする牛豚肉料理の取り扱いが、難しくなります。

そこで、我田引水になりますが、和食か和食でないかの基準の一つに、調味料の
国籍を入れることは、どうでしょうか。天ぷらやフライなどの揚げ物も、天つゆ
なら和食、タルタルソースなら洋食に区分したら如何でしょう。そうすれば、
比較的新しい食材であるアボガドも、サラダに入れてドレッシングで味付けすれば
洋食。ワサビ醤油で食べれば、和食です。

さらに、調味料で分類すれば、新しい素材が出て来ても、和食の調味料を使うこと
によって、和食として分類が出来ます。それならば、和食が閉じられた料理では
なくなり、新たな食材にも対応できるようになり、和食の広がりや発展を可能に
すると思います。

但し、調味料で区分する場合の問題点は、中国料理、韓国料理との線引きです。
たとえば、八宝菜と五目炒めの違いは、わかりません。

さらに、調味料の要素である五味の外にある辛味の使い方についても、和食の
標準は、わさび、生姜くらいで、コショウを筆頭とする横文字の香辛料の使用は、
和食外とするにしても、難しいのは、唐辛子の扱いです。ここを線引きしないと、
韓国料理、四川料理と区別がつかなくなります。

少し考えましたが、紅葉おろしと七味唐辛子に限って、和食にするという案くら
いしか浮かびません。何かすっきりしないので、ここは、もう少し考えます。
 
考えが進まないので、中途半端な終わり方ですが、ここで一旦終了させていただ
きます。このあとも考え続けて、また、良いアイディアが浮かびましたら、
改めて発表させていただきます。

★第103回 新・大学生物学の教科書について ★

新年度がスタートしました。初々しい新入生を見かけると微笑ましいですね。

各地で感染が広がっている、新型コロナウィルスの「E484K」と呼ばれる変異
ウィルスについて、3月時点の神奈川県内感染者のうち6割がこの型だったと
言います。何かと不便の多い日々で、先を見通しづらい状況ではありますが、
皆様におかれましてもご自愛のほど心よりお祈りしております。

今回は、『新・大学生物学の教科書について』をお届け致します。

 本書は、以前より興味を持っていたので、ブルーバックスより2021年2月に
改版として刊行されたことを機に、基礎を学び直すために、読みだしました。
今更ながらの話ですが、醸造も微生物の働きの結果であると思い仕入れました。
また、コロナ禍の影響もあり、改めてウィルスについても理解したかった事も
あります。

本書の推薦文にも、読者として、第一にマセタ高校生。第二に学び始めの大学生。
「第三は現在のバイオテクノロジーに関心を持つが、生物学を本格的に学んだ
ことのない社会人。彼らにとっては、本書は世に氾濫するバイオテクノロジー
関連の情報を整理・理解するための良い手引書になるだろう。」とある。

推薦文には、もちろんそのまま、マセタ高校生とは、書いていませんが、
果たしてマセていない高校生は、いままで居たのでしょうか。

最初の項に、生物の生物たる条件が列記してあり、この条件を地球上にいる
生物は、全て満たしている。それは、地球上の生物が一つのものから分かれて
地球を覆うように分化して行ったことの証拠である。と書かれていました。

なにより、植物から動物から微生物まで、共通の条件があること自体が、驚き
なのに加えて、全ての生物が、たった一つの生物から始まったことは、信じら
れない事実です。同時多発的に生命が誕生して、それぞれに進化して行き、
ケースバイケースで交わって、これだけ沢山の生物が誕生したのだと、漠然と
思っていました。

その項を目にして妄想したのは、この条件に一つの条件でも、反しているもの
があれば、それは、エイリアン(地球外生命体)もしくは、その子孫ではないか。
と言う思い付きに取りつかれてしまった。良くない習慣です。

あえて言うのなら、これも読書の楽しみの一つとも、言えます。そのまま書か
れていることを鵜呑みにするのではなく、反論やイメージを膨らませることが
出来る本が、良い本ではないかと思います。

本書にも、火星は、磁場が無いために太陽からの放射線が降り注ぐために生命
は居ないだろうと書いてあります。これは、地球はマントルが対流しており、
それによって磁場が発生する。その磁場により、太陽を主たる発生源とする
放射線から地球の生命を守っている。

大陸移動や地震の原因であるマントル対流が無くなってしまうと、磁場がなく
なり地球上の生命は、ほぼ死滅するそうです。(これは、別の本よりの知識)

さらに脱線すると、今回のコロナ禍の大きな原因は、人間無しで成り立ってい
た自然界に必要以上に人間が踏み込んだからと言う仮説があります。
それは、ウィルスもそれまでは、別の宿主についていたのに、急に人間が現れ
て取り付いてみたら、そこら中に移動するのでパンデミックになったと言う説
もあります。

これに関連して、地球温暖化が進むとシベリアの永久凍土が溶けてその中に
凍結されていた古代の細菌orウィルスが解凍されて、復活する。今までは、
不毛の地で誰も近付かなかったが、それが利用可能になると、人が入り込み、
感染する。と言う説なのか、都市伝説なのか、わからない話を目にしました。

私的には、古代の細菌orウィルスが復活する。と言うところは少し都市伝説が
匂いますが、正否の判断がつきません。しかし、本書を読んでいる途中で、
解答またはヒントが、見つかるかもしれません。また、ウィルスの宿主の変更
については、これから先も頻発するように思います。

鳥インフルエンザも、簡単には人に移らないようですが、これから巻を重ねる
うちにわかって来ることも、あると思います。

妄想が沸いてばかりで、予想の通り、ページは、ほとんど進んでいません。
全5巻の予定ですが、1巻目の2章で躓き、化学の復習を元素周期表から復習して
いる現在です。(周期表は、周期表で面白い。)

毎月1冊ずつ刊行されるようですが、読んでみて他に勉強することが出て来そう
なので、刊行同時読破は、夢のまた、夢でしょう。

重複になりますが、良い教科書と言うものは、本来、それで完結するものでは
なく、そこを足掛かりというか、出発点として、さらに、進んで行く材料や
モチベーションを提供するものなので、教科書としては素晴らしいと思います。

★第104回 明治期の江戸甘味噌と牛鍋 その1 ★

夏も近づく…と、歌にもなっている『八十八夜』。
5月2日前後が、立春から数えて八十八夜にあたり、この日は農家の種まきに
適した時期と言われています。茶摘みはこの日から最盛期となり、八十八夜に
摘んだお茶を飲むと長生きをするとの言い伝えもあります。
夏の気配を感じながら、たまにはゆっくり緑茶を楽しんでみようと思います。

今回は、『明治期の江戸甘味噌と牛鍋 その1』をお届け致します。

明治時代に流行したとされる「牛鍋(うしなべ)」、この味付けに味噌が
使われていたことは、様々な文献に紹介されている。
「牛鍋」は、現在の「すき焼き」に近い料理形態である。
大きな違いは、牛鍋は、味噌で煮込んでいたことと、肉がブツ切りにされていた
ことである。

なぜ、明治時代の牛鍋には、醤油ではなく、味噌が使われていたのか。
明治時代の状況としては、牛を処理する技術も稚拙で、解体した肉の冷蔵設備
もなく、肉の保存も満足にできなかった。
また、牛肉の肉質も現在に比べて劣った品質であった。端的に言えば、当時の
牛肉は、硬くて、臭くて、不味かったのである。

なぜ、そのような牛肉を積極的に食べようとしていたのかは、明治天皇が明治
5年に牛肉を試食し、肉食の禁が解かれたことが理由とされているが、私の
第一印象としては、西洋人との体格差を目の当たりにしたことだと思う。
同じものを食べて、少しでも近づこうとして、肉食に奔ったと思う。

しかし、いきなりステーキでは、ハードルが高いので、牛肉料理の和食化(※)
が行われた。
※和食化とは、外来の食材を日本の調味料で味付けて、受け入れやすくすること。
たとえば、ハンバーグを大根おろしと醤油で食べる。  

牛肉の生臭さを少しでも和らげるために、ネギを使ったとの記録もある。
牛肉を味噌で煮込んでいたことは、史実にあるが、牛鍋に使われていた味噌は、
どのような味噌だったのか。
逆から辿るように、牛肉を煮込むのに適した味噌の条件を考えて、以下に挙げる。

まず、味噌の持っている匂いに対するマスキング効果が挙げられる。
また、大豆のタンパク質が分解されたアミノ酸と米麹のデンプンの分解された
糖によるメイラード反応で生じたメラノイジンは、抗酸化作用があるとされる。

これは、メラノイジンは色の薄い味噌よりより赤色の味噌に多く含まれる。
また、その際に出る香気成分が、肉の臭さを中和する働きもある。
味噌原料の米麹の酵素の一つであるプロティアーゼ(タンパク分解酵素)に
よって、肉のタンパク質を分解して、軟らかくおいしくするとされている。

しかし、ご存知のように、酵素はタンパク質であり、80℃を超える温度に
なると失活し、その能力を失う。
したがって、味噌の酵素によって肉を柔らかくするには、事前に肉を味噌
漬けにする方法が良いとされる。

ただし、漬ける時間が長ければ長いほど、肉は柔らかくなるが、味噌の成分
(特に塩分)が肉に吸収される。そのため、長時間漬けるとなると、味噌の
塩分は低い方が、使いやすい。

以上の条件をまとめてみると、麹を多く含む低塩分の赤味噌となる。

この条件は、江戸甘味噌の条件に等しく当てはまる。牛鍋に使われていた
味噌は、どんな味噌であったかは、まだ、残念ながら記録が見つかってい
ないが、当時の江戸甘味噌(当時は、そのような名称ではなかった。)の
普及状況と合わせて、牛鍋の味噌は、江戸甘味噌である可能性は、高いと
言えよう。

なお、明治元年(1968年)創業の太田縄のれんでは、現在も江戸甘味噌を
味噌ダレの主原料として使用している。これは、江戸甘味噌が、牛鍋に
合っていることの証明にはなる。
しかし、データとしては、一店舗のみであり、明治時代に流行した
「牛鍋屋」と結びつけることとなると、一番手には位置すると思うが、
決定的ではない。と思う。

今月は、これまでとなります。牛鍋からすき焼きへの流れについては、
次号で考察を申し上げます。

★第105回 明治期の江戸甘味噌と牛鍋 その2 ★

横浜開港記念日の6月2日、昨年は新型コロナの影響で開催が見送りになった
「横浜開港祭」が規模を縮小し初の試みの中で行われました。
フィナーレには、市内18区全てのエリアで1分間のシークレット花火(打ち上げ
場所非公開)が打ち上げられました。
「希望」の光となるようにと、医療従事者に向けての感謝の想い、新型コロナ
ウイルス収束の想い…様々なメッセージが込められたものでした。

今回は、『明治期の江戸甘味噌と牛鍋 その2』をお届け致します。

先月より、牛鍋についての考察を申し上げてきたが、話を進めたい。
そもそも、牛鍋とすき焼きは、別の料理であったが、その後、牛鍋は、
すき焼きに吸収合併された形となっていく。

牛鍋とすき焼きの違いは、関東では牛鍋と呼び、牛肉を野菜と一緒に鍋に入れ
煮込んでいた。牛肉の切り方は、ブツ切りで、小さな塊を煮込んでいた。
関西では、すき焼きと呼び、牛肉を焼き、それに醤油や砂糖で味付けをした。
牛肉の切り方は、2~3㎜程度にスライスしたもので、現在のすき焼き用の
牛肉と同じである。ただし、牛肉以外の食材に対しても、使われる。
そのために料理方法の呼び名である。

このようなすき焼きが、関西より関東に広まって行った。すき焼きも、牛肉の
料理法としてのみ認識されるようになった。
その理由は、牛肉の質の向上が、一番だと思われる。牛肉が良くなって、匂い
消しや柔らかくするために、事前に味噌に漬けて置く必要が無くなったである。

さらに、味付けが、味噌から、醤油、砂糖、酒の混合したものになった理由の
一つは、単純に味噌から醤油への流れではなく、明治後半に砂糖の流通量が
大幅に増加したことだと思われる。これは、日清戦争の結果、台湾を領土と
したために、今まで輸入していた砂糖が安価に手に入るようになったことも、
有力な理由であると考える。

味噌の少し焦げた香りも、砂糖の溶け込んだ醤油の焦げた香りも、どちらの
タンパク質と糖分に由来し、食欲を誘う香りである。
砂糖の甘味には、到底かなわないが、甘味という味の方向性があるとしたら、
江戸甘味噌が、牛鍋に使われていた状況証拠には、なると思われる。

なお、すき焼きを生卵で食べる歴史と理由については、興味深い話ではあるが、
検索したところ、味噌には、あまり関わりが無さそうな予感がするので、
今回は見送る。

以上のように、牛鍋からすき焼きへの流れを考察してみたが、牛肉の料理法に
関しては、すき焼きやしゃぶしゃぶのような鍋で煮る調理法から、ステーキや
焼き肉と言った焼く調理法が、台頭して来ている。

一番の理由は、牛肉の質が向上したこと、特に「和牛」は、世界で評価される
高級品になったことで、周回遅れからトップに立った。明治初期の堅くて
臭くて不味い牛肉から、箸で切れるような柔らかい肉に著しい進化を遂げた
ことは、画期的なことであろう。

もちろん、和牛も和食と同様、日本古来のものを核として、外国のノウハウを
導入した結果の産物であることは、間違いない。
さらに、牛肉の味に日本人が慣れて、加工度を下げることによって、素材の
良さが生きる食材の分野に牛肉が区分されたことによると思う。

但し、煮込み系の数種の料理法のように加工度を上げて、牛肉の良さを引き
出す方法も、根強い支持がある。(ビーフシチューやカレー)

最後に、私見を申し上げると、すき焼きは、牛肉もおいしいが、味の染みた
ネギや豆腐も楽しい。さらに、途中で生卵の代わりに、味変の大根おろしで
食べて、最後に少し残った生卵にご飯を混ぜる(ご飯に掛ける程の量は無い。)
のも、すき焼きの楽しみだと、思う。

★第106回 地球最初の生物 ★

7月3日熱海市で発生した土砂災害によりお亡くなりになられた方々のご冥福を
お祈り申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
被災された皆様の生活が一日も早く平穏に戻りますように、皆様の安全と被災
地の復興を心よりお祈り申し上げます。

今回は、『地球最初の生物』をお届け致します。

4月に「新・大学生物学の教科書」を読んで、感想を書きましたが、
今回もそれに関連しての話です。

地球で最初の生物が誕生したのは、46~45億年前に、地球と月が出来て
(エヴァンゲリオン的には、ファーストインパクト)そこから、3億年ほどで
海が出来、生命も地球誕生から5~10億年後に誕生し、35億年前には、光合成を
する細胞が発生したとされています。この細胞は、化石になっているそうです。
それが、多細胞生物に進化したのが、10億年前となるようです。

この年代に対しての生物の進化の仕方は、なにか引っかかります。加速度的に
物事が進むとしたら、最初の生命が誕生するのが、早すぎます。
海が出来ると、すぐに生命が誕生するなんて、その後の遅々たる進化に比べて
もっとアイドリング状態(前生命誕生期間というか、複雑な物質が出来るため
に要する時間)があっても、おかしくない様に思います。

そこで、地球以外から生命の種が、隕石に乗ってやって来たという説もある
くらいです。
しかし、それを言い出したら、その生命はどうやって発生したのかということ
にもなるし、現代の地球の生物が、複数の祖先を持つことになるかもしれない
ので、地球の生命は、生命の発生しやすい環境であった地球で発生したと考え
るのが、妥当だと思います。

もし仮に、火星で生命が発生して、それが隕石に乗って地球に向かって、宇宙
を旅して(現代の宇宙船で移動するとしても、2年間かかるようです。その当
時の火星は、もっと地球に近かったかもしれませんが)、地球にたどり着いて
地球の全ての生命の源となった。というのも、ロマンがある話です。

でも、地球で生命が出来たとするより、確率的にもっと難しくなるでしょう。

最初の生命である細胞は、海底火山の火口付近に出来たのではないかとされて
いますが、ここだと、温度は高いので化学反応は良くできるし、水流があるの
で、栄養を含んだ水が常に細胞の表面に当たるので、栄養も取り込める。
だから、栄養を取り入れるために自ら動く必要もない。

なにより、生命として成り立つためには、複雑な分子が必要になります。

それを詳しく挙げてみると、まずは、水、続いて、遺伝情報のための核酸、
細胞膜となる脂質とタンパク質が、最低限必要になって来ます。特に核酸が
長くつながったRNAが、水中で合成され、それが触媒作用を持つことによっ
て、増殖するようになり、その何本かのRNAが細胞膜の中に閉じ込められる。
(触媒効果をもつのは、酵素だけかと思っていましたが、RNAも持っている
ようです。)

だから、最初の生命は、単細胞の細菌であっても、高分子の化合物が、材料と
して必要になってきます。

これが、最低スペックの生物でしょう。しかし、このRNAと細胞膜の2つを
揃えるだけでも、どれだけの奇跡が必要になるのでしょう。その確率計算を
やって欲しいです。

しかも、その細菌が少なくとも41億年続いて進化していく確率を考えると、
とんでもない数字が出るように思えます。最近の天文学では、水の在りそうな
惑星が、天の川銀河だけでなく、他の銀河で見つかっていると言う、事実も
あるようですが、どのくらいの確率で生命が存在するのでしょうか。

確率なので、10億分の1が、1回目に出ても、10億回目に出ても、確率と
しては変わりません。その確率を考えるのに、海底火山は、海が地上より面積
が広い分、沢山あると思います。海が出来てから、35億年が過ぎても、第二の
生命が発見されていないことを考えると、生命の誕生は、奇跡の中の奇跡に当
たると思います。

特に、最初の生物の細胞が出来て、それが自らの複製を作って増殖できたこと
が、一番の奇跡でしょう。個体が生命として成立しても、その寿命の中で自ら
の複製を作れないと、分解して、ただの化合物に戻るだけです。たぶん、細胞
膜の中に核酸のつながったものを閉じ込めることは、現代の科学では可能だと
思います。

核酸の塩基配列も自由に出来ると思います。それが、増殖するかは、別の問題
でしょう。

最近、AIによる解析が進んでいますが、最初の細胞は、どんなRNAの塩基
配列をしていたのか、解き明かしてほしいです。

特に個体数が少なかったはずの最初の頃は、ほとんど全ての個体が、狭い範囲
に生息していたことを思うと海底火山の軽い噴火で、跡形もなく消し飛んだ可
能性もあります。

それが、なんとか35億年を生き延びて来たのは、確率がゼロではない、と言う
くらいの低確率ではないでしょうか。

我々と、その目に映る木や虫が、40億年前に誕生した同じ命からの子孫だと思
うと、少し物の見方が変わるように思えます。

★第107回 桜鍋と江戸甘味噌 ★

東京オリンピック閉幕まで、あと3日になりました。
メダル総数は、最多だった前回の2016年リオデジャネイロ五輪の41個に並び、
すでに野球や卓球女子団体のほか、レスリング女子57キロ級の川井梨紗子さん
新競技・空手女子形の清水希容さんが、決勝に進んで銀メダル以上が確定して
おり、メダル総数は過去最多の45個に達することが確実となっています。
8月24日から9月5日に開催されるパラリンピックも、今からとても楽しみです。

今回は、『桜鍋と江戸甘味噌』をお届け致します。

牛鍋と江戸甘味噌の関係について、お話しましたが、現在では、江戸甘味噌が
より関係が深いのは、桜鍋になっています。鍋のタレが、江戸甘味噌ベースに
なっているからです。

桜鍋とは、ご存知のとおり、馬肉の鍋です。ちなみに、イノシシはボタン肉、
鹿はもみじ肉と江戸時代から呼ばれているようです。呼び名の法則を考えると
イノシシと鹿は、野生であり、馬は農家で飼われていました。
牛と豚は、別名がありません。

これは、かつてはあったが、普及するに従ってなくなったのか、食べられる
当初からなかったのかは、不明です。鶏は、カシワ(柏)肉と呼ばれています
が、それは関西方面の話で言われていたようで、関東では最近になって耳にす
るようになりました。

各々の名前の謂れは、肉の色味がその花に似ていると書かれていますが、イノ
シシと鹿は、花札の図柄だと私は聞いたことがあります。

鹿は10月紅葉でそのままですが、イノシシは7月で萩ですが、ボタンは6月で蝶
なので、猪鹿蝶のイノシシと蝶がひと月ずれたのかも、知れません。
確かなことは江戸時代に肉食が禁止されていたために隠語が出来て、それが
世間に通じるくらいの人数が、食べていたのでしょう。

それぞれの味や肉質ですが、イノシシは家畜化されてブタになったため、肉は
繊維が織り込まれたフエルトのような歯ごたえは、同様ですが、イノシシの
特徴としては、白い脂身がラードの塊ではなく、なにか潤いを持ったゼラチン
のようなタンパク質の食感が、あります。
それを教えてくれたのは、数年前に、伊豆で鹿とイノシシの猟師さんのサポー
トをしている方です。

その方は、鹿は癖が無さすぎるとの持論もありました。野生動物との共存は、
簡単な問題ではないので、ここでは、話を広げませんが、この先考えなければ
ならない話です。

さらに、鹿、馬の味、肉質については、鹿は、牛と同じ偶蹄類で、馬は奇蹄類
ですが、牛の味が圧倒的に濃く、少し離されて、馬、鹿の順で味が濃くなって
います。ここは、牛と馬の違いに比べると、僅差です。また、同じ馬肉でも、
生育年数が長くなることによって、味が濃くなると一部の専門家(吉原「中江」
のご主人のお話)とのことです。

残念ながら、桜鍋は、森下「みの家」と吉原「中江」でしか、味わったことが
ありません。どちらも、馬肉には、こだわっているようです。本場と言われる
熊本では、馬刺しですが、東京とは、馬肉文化が違うようです。

両家の桜鍋に共通していることは、江戸甘味噌ベースの味噌だれが、味付けの
ベースとなっていることです。江戸甘味噌だけでなく、砂糖も使われている
ようです。タレのレシピと肉の目利きは、トップシークレットでしょうから、
これ以上申し上げません。

吉原「中江」は、「駒形どぜう」と同様、場所柄、動物性たんぱく質を体に
入れて、力を出せるようにと言うことがわかるのですが、池波正太郎のエッ
セイでも有名な森下「みの家」は、場所柄との関係は、わかりません。

ただ、HPでも、木場で働く常連さんが多かったので、銘木を集めて使ってい
ると書いてあります。2軒の桜鍋は、どちらも鍋が浅く、桜肉も薄くスライス
されています。

市販のしゃぶしゃぶ用の牛肉(牛肉専門店のしゃぶしゃぶ用の肉は、すき焼き
用とほぼ同じ厚みです。)よりは、厚いですが、寿司ネタのマグロくらいの
サイズになり、鍋で火が通りやすくなっています。
このスピード感が、仲居さんに焼いてもらうすき焼きとの対比になるのでしょ
う。焼き上がりを待つウナギに対して、火が通っている鍋を取り換えるどじょ
うとの違いに似た感じでしょうか。

江戸甘味噌と桜肉の関係に戻りますが、桜肉は牛肉に比べると、癖は、ほぼ無
いと現在では言えますが、たぶん、明治時代は冷蔵設備も無く、現在とは全く
違う保存状態であったと思われるので、味噌の持つ匂いへのマスキング効果と
俗に言われていた毒消し効果を期待して、江戸甘味噌が使われたのでしょう。

それに、煮込んでも風味が落ちない江戸甘味噌が鍋料理に合っていたことや、
動物性たんぱく質全般に合うことも、江戸甘味噌がタレのベースに使われた
理由だと思います。桜肉がさっぱりしていることも、濃厚な味噌味に合って
いるのでしょう

非常事態宣言下のため、飲食店が開いているか、開いていないのかも、調べな
いとわからない状況ですが、家庭では絶対に味わえないものなので、(ルール
がちょこちょこ変わるので、ついていけない部分もありますが、)ルールを
守った外食を今後も行って行きたいと思います。

★第108回 江戸時代の甘いもの ★

今日から多くの小中学校で、夏休み明けの登校が始まりました。当面の間は
分散登校や短縮授業での学校生活になる様です。これからの季節は、運動会や
修学旅行を控えている学校も多く、これらの行事がどうなるか、今後の状況に
よって不安を抱える子供たちも多いのではないでしょうか。
引き続き、しっかりとした感染症対策を行っていきたいと思います。

今回は、『江戸時代の甘いもの』をお届け致します。

江戸甘味噌が、江戸の街でなぜ普及をしたのかを考えて見ると、大きな理由が
二つ、考えられます。
一つは、住宅事情により、味噌の在庫を持てなかったこと。江戸甘味噌の味が
江戸っ子の味覚に受け入れられたことです。江戸っ子の好みの味とは以前にも
書きましたが、「甘じょっぱい味」です。あくまでも、個人的な見解ですが、
関東は、しょっぱい味を好み、江戸は、甘じょっぱい味を好むと言う説です。

今回は、この見解を甘味側から掘り下げてみたいと思います。
江戸時代の代表的な甘味は、水あめで、主たる成分は、デンプンを分解した
麦芽糖です。麦芽糖と砂糖は、同じ二糖類ですが、麦芽糖が、ブドウ糖
(グルコース)が二つつながっていることに対して、砂糖は、ブドウ糖と果糖
(グルコースとフラクトース)がつながっています。

なにか、同じ物に色々と呼び名があるので、話が少しややこしくなりますので
ここで呼び名を統一します。以後の文章は、グルコース(ブドウ糖)、フラク
トース(果糖、フルクトース)、砂糖(スクロース、ショ糖、上白糖)、マル
トース(麦芽糖、水飴)とします。

砂糖とマルトースは二糖類、グルコースは単糖類という違いはありますが、
砂糖の甘味が100%だとすれば、マルトースは40%、グルコースは64~74%程度と
言われております。フラクトースは、砂糖の1.5倍くらいの甘さですが、甘さが
安定しない(状況によって甘さが変化する)ために、狙った甘さが出しにくい
ようです。砂糖が、甘さの強さと安定感も優れています。

米麹の甘さは、主にマルトースの甘さであり、普段、口にする砂糖の甘さより
控えめの甘さになっています。私の偏見かもしれませんが、甘酒がどろっと
していて、いかにも甘そうな外見にもかかわらず、すっきりした飲み口なのは
マルトースの影響だと思います。

また、一部で、甘酒の売り文句として、「飲む点滴」と称していたのも、元を
正せば、マルトースのことだと思います。

一方、甘味料の王道を行く砂糖の日本での歴史は、「全集 日本の食文化」
第5巻「油脂・調味料・香辛料」抜粋部分は樋口弘・著、雄山閣出版によると
日本に初めて砂糖が渡来したのは、奈良朝の時代とされている。それ以降は、
ずっと輸入に頼っており、平安、鎌倉、室町と時代を経るに従って、輸入量も
増大して行った。

江戸時代も、慶長、元和の頃は、奄美大島、琉球諸島に製糖業が伝えられて
それが漸く実現してきた時代である。
しかしながら琉球、大島の南国諸島に漸く黒砂糖が産出されたといっても、
これが大坂江戸に送られ、日本人の舌を喜ばしたのは、これから百年も経た
正徳(1711年~1716年)以降のことである。
とあります。

大阪や江戸では、18世紀の初めに砂糖の甘味を知っていたことになります。
それに続いて、
徳川時代も初期、中期には長崎の出島を通じてオランダ人、中国人から、
室町、戦国時代と同じ産地の舶来糖が、同じ経路で輸入されていたのである。
「出島砂糖」は徳川時代の長い砂糖の歴史であった。

漸くにして寛政(1789年~1801年)、文化(1804年~1818年)頃に黒砂糖、
和製砂糖が唐紅毛砂糖の出島糖と競争し、やがてこれを駆逐しているのである。
とあるので、砂糖は、江戸時代後期でほぼ国産化されたようです。
しかし、別の本で読んだ記憶がありますが、本格的に砂糖が日本中に広まった
のは、日清戦争の結果、台湾が植民地化された明治28年(1895年)以降のこと
とされています。

江戸時代の同時期に砂糖の普及と、江戸甘味噌の普及が進んだからと言って、
それぞれの普及の状況は違うと思います。江戸甘味噌は、限られた地域ですが、
毎日喫食されていたと思われます。一方、砂糖は、菓子として食べる程度であり
毎日お菓子を口に出来るのは、一部の特権階級に限られていたと思います。

江戸庶民は、たまに口にする砂糖の菓子と、普段露店などで売られているマル
トースの甘味の駄菓子との組合せだったと思います。

ここで、考えなければならないことは、いくら甘いものがたまにしか口に入らず
好みだと言え、甘い味噌汁を毎日飲みたくなるかと言う疑問が出て来ます。

この疑問は、味の好みと言うよりは、甘いもの=高価な物、高級品という考え
方の連鎖を選びたいと思います。
単純に、甘いものは、高級品であり美味しい。味噌も塩味が少ない方が、高価
だが美味しい。と言う考え方で江戸甘味噌が広まって定着したのだと思います。

だから、甘いお菓子の普及と江戸甘味噌の普及は、関連があると思います。

★第109回 津久井在来大豆について(1) ★

緊急事態宣言が9月30日の期限をもって解除され、10月1日からは日本全国で
緊急事態宣言も、まん延防止等重点措置もない日々が始まりました。
ただし、今後も引き続き、基本的な感染対策や慎重な行動が必要となります。
そして、様々なイベントや学校行事等が、早く通常通りに実施出来ることを
切に願うばかりです。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

現在、大ヒット上映中の「かぐや様は告らせたい」の、原作スピンオフ漫画の
中で、弊社の【工場直売】が描かれました。

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今回は、『津久井在来大豆について(1)』をお届け致します。

先日、逗子市池子小学校にて、「神奈川県産大豆について」の講演を依頼されて
校長先生を始め先生方(近隣小学校を含む)、栄養士さん、父兄の方にお話を
して参りました。

資料として、弊社HPの「杜氏の神髄」「地産地消への試み」にリンクの
「(来歴、栽培法)」と「全農主催の味噌原料の適性試験」をご覧いただき
ながら、ポイントの説明をしました。

以下が講演で、申し上げたことをベースにして、時間の関係で申し上げられな
かったことを加えて、文章化したものです。

津久井在来の来歴

相模湖町(現在の相模原市緑区の一部)千木良(ちぎら)地域から収集した
系統を津久井農業技術センターで選抜、検定をおこなった系統(品種)である。

紆余曲折を経て、現在に至るが、ここでお話すべきところは、系統選抜した
2系統と千木良から収集した系統を混ぜた。というところにあります。
この理由については、種子量を確保する為、在来系統は、概ね同一な系統を
集団で維持することが経験上良いと思われたためである。

この話は、遺伝学上、とても興味深い話で、在来種は言い方を変えれば、
もともと雑種と言うか、様々な変異を含んだ混合種であり、それを一つの
系統に統一するのではなく、ある程度の系統の幅を持たせながら、他の大豆
の系統とは、隔絶された系統にするという方法になります。

これは、雑種の良さである環境の変化に対応しやすいと言うことと、大豆の
品種として、他の大豆の品種とは差別化が図れると言う、言わば、在来種
ならではの一石二鳥の戦略と言えます。

この話は、この文章を書いた農業技術センターの山田良雄さんから、直接
聞いた話です。また、津久井在来がいくつかの系統の集まった大豆である
証拠は、後ほど改めて説明します。

この後、平成20年にDNA解析を含む、系統の特定が行われて、基準となる
系統を津久井農協で管理を行い、自家採種3代以内にすることなどを含んだ
協定が決められています。
神奈川県産の大豆のほぼ100%は、津久井在来ですが、他の国産大豆との判り
易い区別の方法は、津久井在来専用の紙袋です。

津久井在来の特徴

津久井在来の形態的な欠点は、最下着爽高が低いことです。これは、豆の莢が
着く一番下の高さが低いことです。これが、低いとコンバインでの収穫が、
難しくなります。津久井在来の生産農家の一部では、草刈り機での収穫をして
いるそうです。もちろん、生産面積の小さい農家ですが。コンバインで収穫す
る場合は、一番下の莢は諦めるそうです。

また、これは別の問題ですが、コンバインも最近は小さな面積に使用する機種
をメーカーが作らなくなっているそうです。

また、先程申し上げた津久井在来が雑種であるわかりやすい証拠があります。
それは、花の色とへその色です。ここには、へその色と書いてありますが、
味噌業界及び大豆関係者では、大豆の目の色と呼んでおります。
大豆の呼び名も、白目大豆、黒目、茶目と呼んでいます。花の色は一度会社の
庭に津久井在来の種を蒔いたことがあって、その時も、薄紫色と白色の花が咲
いて、花弁の中心は薄紫色で外側が白色の花だったりしました。

花の色は、味噌の製造には関係がありませんが、目の色は、影響があります。
本文にも「津久井在来のへその色は極淡褐~褐まで混じるが、概ね褐色である。」
とありますが、単一品種だと、当然、目の色は、決まっています。

しかし、幾つかの系統(品種)が混ざっている場合は、顕現する目の色は、
様々な色となります。そこからも津久井在来が雑種であることがわかります。

なぜ色が薄い必要があるかと言われると、淡色系の味噌、山吹色をした味噌を
醸造する際に、黒目大豆を使うと、それが残って味噌の表面に出たときに小さ
な黒いゴミが入っているとか、小さな虫が入っているとクレームをいただくこ
とがあるからです。

そのような誤解を防ぐ方法は、味噌の色を濃くして大豆の目を目立たせなくす
ることが一つの方法です。
ただ、最近の津久井在来の目の色は、若干薄くなっているような気がします。

今月は、来歴及び特徴をお話して、来月は、全農主催の味噌原料の適性試験に
ついての補足説明と感想をお話します。

★第110回 津久井在来大豆について(2) ★

日に日に秋が深まる季節となり、めっきり日が暮れるのが早くなりました。
日本でのワクチン接種率が、ここ数カ月で急速に増加した事や、様々な要因で
新型コロナウィルスの感染者数は、大幅な減少傾向にあります。
減少傾向にはあるものの、今一度気を引き締めて、感染症予防だけではなく
体調管理にも充分にお気をつけてお過ごし下さい。

今回は、『津久井在来大豆について(2)』をお届け致します。

前月に引き続き、逗子市池子小学校にて、神奈川県産大豆「津久井在来」の話
です。

先月は、「来歴」についての説明をしました。今月は、「味噌の科学と技術」
についての説明をします。
先月に引き続き、弊社HPの「杜氏の真髄」「地産地消への試み」にある
「全農主催の味噌原料の適性試験」のリンクを開き、ご覧ください。

最初に「味噌に適した大豆」の条件ですが、津久井在来大豆に関係が強いと
思れる条件は、炭水化物含有量が多いことが挙げられます。
炭水化物が多い大豆が、なぜ味噌に適した大豆かと言うと、一言で言うと大豆
の炭水化物には、デンプンは、ほとんどなく、大部分が糖類であるからです。

その糖類が分解されて、アルコール系の良い香りの素となり、コクを深める
酸味を出したり、そのまま甘味になったりするからです。また、たんぱく質の
多く含まれている大豆のメリットは、プロテアーゼという酵素によって分解さ
れて、旨味成分になるからです。

したがって、長期熟成で味噌を製造する場合は、たんぱく質の含有量が多い
大豆が好まれます。

また話が脱線しますが、熟成期間が長い味噌の方が短い味噌より、良い味噌だ
というイメージがありますが、それは、正しくは、配合に合わせて、熟成期間
が決まり、それを守っている味噌が、良い味噌である。ということです。

それを説明するために、味噌の発酵熟成に関係する微生物について、簡単に
説明をします。

味噌に関連する微生物は、麹菌、乳酸菌、酵母の大きく3種類です。
順に説明しますと、麹菌は、酵素を作る微生物です。
その作り出した酵素で、でんぷんを分解してブドウ糖に、たんぱく質を分解し
てアミノ酸を作ります。この作用を発酵と呼びます。

麹菌は塩分に弱い微生物なので、仕込みの時に食塩により死滅して、作った
酵素だけが残って活動します。

続いて、乳酸菌ですが、この菌は、乳酸を作る菌です。
乳酸菌によって、味噌の酸味が出て、かつ味噌の色がよくなります。

最後に酵母です。酵母によって味噌の味や香りが決まります。この微生物は、
かなり特殊な性格を持っています。
それは、普通の微生物は、塩分が高かったりpHが低い環境では、増殖でき
なかったり、場合によっては死滅したりしますが酵母の場合は、塩分が高くて
pHの低い環境で増殖します。

もちろん、酵母でも、塩分が低い方が増殖スピードは早いのですが。乳酸菌が
自らの作った酸によって死滅していくように、酵母も数を減らして行きます。
これが熟成段階です。
なお、発酵・熟成期間に関する見解は、他にもあります。

このように、発酵熟成を経て味噌になります。麹の量が多ければ、酵素の量も
多くなり、発酵期間が短くて済みます。更に塩分が少ないと酵母の増殖も速い
と言うことになります。

このように、麹が多くて塩分の低い味噌を長期熟成しても、酵素による分解が
進みすぎて、酸味の強い味噌になります。長期熟成に適した配合は、大豆
(たんぱく質)が多くて、塩分も多い配合が適しています。

成分分析表をご覧いただきます。「津久井在来」は、全糖がかなり多い品種と
なっています。国産種と米国、カナダ、中国の大豆との比較をしますと、国産
大豆の糖類が多いようです。

また、アメリカで大豆が生産されるようなった理由は、菜種油だけでは、供給
が間に合わなくなったためです。そのため、北米では、脂肪分が多い大豆が
傾向として、作られているようです。

豆の大きさは、津久井在来は、大粒である。続いて、乾燥状態の大豆の性状
(2)についてですが、まずは、発芽率ですが、大豆の場合、常温で夏を超すと、
とても低くなります。

続いてのへその色については、前にご説明したので、割愛します。
最後に色調ですが、説明文の通りです。

続いて、蒸煮後の性状です。蒸し大豆の硬さは、大豆を台秤の台座に押し付け
て、大豆が潰れた時の重量の平均値を示しています。製造現場では、大豆の煮
え具合に問題がないかを記録するために、計測を行って記録しています。
煮豆を作る際に使えるテクニックです。変動係数は、数値のバラつきです。

次に、味噌に仕込んだ場合のデータです。
この配合は、8歩麹です。麹歩合とは、大豆を10として、大豆に対しての米の
乾燥重量の割合です。米を麹にすると1.1倍の重量になるとされています。
そこを逆算すると、乾燥重量で大豆が1,000g、米が800gとなり8歩麹となり
ます。

比較的麹歩合の高い味噌に仕込んでいます。それは、前にお話ししたように
麹歩合が高い分、酵素が多くなり、味噌の仕上がりが早くなります。もちろん
1ヵ月で味噌が出来上がるわけではありませんが、傾向や特徴は分かります。

最後に、官能検査の結果ですが、ご覧の通り、点数が低いほど高評価になり
ます。色調では、トップの評価と書いてありますが、今回資料を見直したら、
3番のムツメジロ規格外がトップで、津久井在来は2番目でした。
HPも早々に訂正します。

津久井在来は、希少性で「幻の大豆」的な話題になります。それに加えて、
価格もとても高価です。それだけではなく、味噌の原料として、とても優れた
大豆であることに支えとして、これからも、神奈川県産味噌「津久井」作り
続けたいと思います。

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