メールマガジン No71~80
★第71回 地産地消、フードマイレージ、食料自給率について その1 ★
真夏日の暑い日が続いていますが、風鈴の「チリンチリン」という音を聞くと
暑さが和らぐ気がします。
病原菌による病気よりも、熱中症などの高温による病が心配される昨今、
風鈴の音で気分的に涼をとるだけでなく、エアコンを適正に利用して熱い夏を
乗り切りたいと思います。
今回は、「地産地消、フードマイレージ、食料自給率について その1」を
お届けします。
まず、三題噺のように並べて見ましたが、各々同じような方向性なり、
考えを持った言葉に思えます。しかし、それぞれの言葉が、独り歩きして
いるように、思えます。
まず、それぞれの言葉の意味と3つの言葉に共通する考え方について、
申し上げます。
「地産地消」とは、「地元で生産されたものを地元で消費する。」という
ことです。
「フードマイレージ」とは、「食料の総輸送量・距離」「食料の輸送量に
輸送距離を掛け合わせた指標」「単位は、t・km(トン・キロメートル)」と
あります。
「食料自給率」とは、「国内の食料消費が、国産でどの程度賄えているかを
示す指標です。」となっています。
これは、全て農林水産省のHPより引用したものです。
以上の3つの言葉の共通点は、総論としては、共感できることですが、
少し突き詰めると色んな事が見え隠れするところです。
まず「地産地消」については、自分の居るところで出来た食物を食べる事は、
良いことだと思います。
なにか、同じ大地の上に立って、そこから生えて来たものをいただく。
これぞ、大地の恵み。という気持ちになれます。
その一方では、健康のためには、毎日30種類以上の食物を食べましょう。
と言う標語を見たことがあります。これは、1985年に厚生労働省が作った
「健康づくりのための食生活指針」で提唱された栄養目標です。
今では削除され、「主食、主菜、副菜を基本に食事のバランスを」という
表現に変わっています。
なぜ削除されたかは、30品目という数字が入っていたから、29品目では
だめなのかとか、そこに誤解が生じたことが、原因だったのでしょう。
しかし、バランスの考えた食事や、色々な品目の食材を食べることは、
体に良いと思います。
ただ、自炊の場合は、購入ロットの関係で、品数増 = ボリューム増となり、
カロリーオーバーになる可能性が高くなります。
しかし、ありとあらゆる種類の作物が、同じ地域で生産が出来るわけでは
ありません。
地域にとっては、その地域の気候風土に適した作物を作ることが、プラスに
なると思います。
少数精鋭で生産をすると、生産できる作物の種類は、減ると言うことです。
そこで、若干の矛盾が生じると思います。バランスを心掛けた食事の方が、
地産地消で限られた種類の食事よりは、健康的な食事だとおもいます。
続いて「フードマイレージ」についてですが、これは基本的な考えからして、
無理があるように思います。遠くから食物を取り寄せることにどんな問題が
あるかと言うと、輸送にかかるエネルギーだけです。
パッケージにも、資材が必要ですが、これはその場で消費する以外、隣の町に
運ぶだけで必要なので、距離によって変わるのは輸送のためのエネルギーだけ
です。それも単純に運ぶ燃料代だけでなく、積み替え等で掛かるエネルギーも
加えてのことです。
しかし、輸送のエネルギーは、ピンからキリまであります。一番エネルギーの
かかるのは、空輸でしょう。新鮮なものを新鮮なまま、地球の裏側から届ける。
とんでもない燃料を消費するでしょう。しかし、大型貨物船を使った輸送は、
太平洋を渡って来ても、港に着いてから日本国内をトラックで運ぶ燃料より、
トン当たりの燃料は、少ないはずです。
今月は、3つお題を振っておきながら、2つしか説明しないで申し訳ありません。
3つ目の「食料自給率」についてと、その先の話は、次号となります。
★第72回 地産地消、フードマイレージ、食料自給率について その2 ★
夕刻ともなれば秋の涼気がしだいに感じられるようになりました。
暑さ厳しい夏が終わるにつれ、夏の疲れから 体調崩されたりしていませんか。
秋は、そんな夏にがんばり続けた身体をゆっくりと癒してください。
今回は、「地産地消、フードマイレージ、食料自給率について その2」を
お届けします。
先月は、中途半端なところで、終わってしまい、申し訳ありません。
「地産地消」「フードマイレージ」と2つに対して、重箱の隅をつつくような、
ケチをつけました。
今月は、「食料自給率」です。これは、40%を切って久しいようです。
しかも、農水省のHPを見ると、色々と丁寧に説明がありますが、まず、気に
なったのが、40%を切って現在38%なのは、カロリーベースであることです。
金額ベースでは、68%です。
この意味は、日本は、カロリーの低い食料(高価な食料)を国内生産していると
いうことでしょう。カロリーの高い農産物の代表は、穀物です。カロリーの低い
農産物の代表は、野菜です。
極論を言えば、同じ農地面積なら、野菜を作るのをやめて、穀物(米)を作ると、
カロリーベースの自給率は、上昇するはずです。
収穫の回転が落ちるので、金額は落ちるでしょう。
また、各国との比較表を見てみても、金額ベース自給率でみると、国土の広い
カナダ、オーストラリア、アメリカ合衆国には、及びませんが、ドイツ、
イギリス、スイスとは、ドッコイドッコイの数字です。
なぜ、カロリーベースの自給率を前面に出しているのかが、よくわかりません。
さらに、よくわからないことは、水産物の評価方法です。水産庁のHPによると、
水産物の自給率は、重量で表されています。金額ベースの自給率は、ありません。
蛇足ですが、一人あたりの魚介類供給量は、人口100万人以上の国で、世界平均の
16.7kgを大きく上回る56.9kgで堂々の世界一位だと、書いてあります。
そもそも、カロリーベースと言う特殊な計算方法(他の国の数値は、各国発表の
データを元に農水省が独自に計算したもの)が、「食料自給率」を比較する上で
必要な物差しなのでしょうか。
単純に、金額を比較するだけで良いと思います。それだと、月並な各国横並びの
数字が出てくるからでしょうか。そこをあえて、カロリーベースにすることは、
別の目的があるのでしょうか。
さらに、各国の品目別自給率の数字を元にカロリーベースの自給率を独自に計算
する手間をかけるのなら、今回の話には関係ない話ですが、各国の農地面積当た
りの補助金額を計算して見たほうが、比較しやすい尺度になると思います。
このように、3つの言葉は素晴らしい理想のもとに、考えられた言葉でしょうが
少し突っ込んでみると、無理が出てきます。今月は「食料自給率」の算出方法に
ケチを付けただけで、申し訳ありません。
来月は、少し前を向いたお話しますので、今月はこれでご容赦ください。
★第73回 地産地消、フードマイレージ、食料自給率について その3 ★
先日の台風24号では、JRが早々に運休を決定したり、商業施設なども
閉店時間を早めたり、かなり早めの対策が取られていた印象を受けました。
翌朝には、近所でもビルの屋上から何かの鉄板が剥がれ電線にかかっていたり、
大木が道路に倒れていたのを目にしました。
防災意識を高めるとともに、「備え」の重要性を痛感致しました。
今回は、「地産地消、フードマイレージ、食料自給率について その3」を
お届けします。
先月は、「地産地消」「フードマイレージ」「食料自給率」について、少し掘り
下げたところでの問題点をもうしあげました。
今月は、別の面からの切り口での考えを申し上げたいと思います。
それは、経済学の学説です。その中でも、リカードの唱えた比較優位説です。
いきなり、雑談ですが、私の友人は、「リカードとケインズは、金持ちになった
経済学者だから信用するが、マルクスは、金持ちになれなかったから、信用でき
ない。」と言う説を唱えています。
門外漢の私が、「サミエルソンの『経済学』しか経済の知識はない。」と話すと
「確か、サミエルソンは、株で失敗してその本の印税が、飛んだらしいよ。」と
言っていました。
それでは、げんが悪いので、スティグリッツの入門経済学&ミクロ経済学を手に
入れました。
この人は金持ちになったのかは知りませんが、ノーベル経済学賞は貰っています。
「比較優位説」を簡単に言うと、それぞれが、得意なこと(産業)をして、
不得意なことは、それが得意な人(国)に任せて、それを交換(貿易)すれば、
良い。ここで、経済学上でたいせつなのは、「比較」であり「絶対」ではないと
いうことのようです。
絶対は、世界ランキングで上位の産業ですが、比較はその国の中で比較的得意な
産業を伸ばして行こうということです。
A国では、パソコンは100、靴下は10で出来て、B国では、パソコンは120
靴下は15で出来たら、どちらもA国の方が安くできますが、A国ではパソコンは
靴下の10倍でB国ではそれが8倍なので、B国の方ではパソコンが靴下に対して
比較優位があるとします。
別のざっくりとした言い方をすれば、国際分業です。
その極論を農業に当てはめれば、野菜と穀物を例で考えることは、いろんな別の
条件が出て来てしまいます。とくに野菜は保存が難しいために流通の問題があり、
単純な比較が難しいと思います。
耕作地の広い農地を持つ国で効率よくまたは、低賃金で作れば、野菜も穀物も
日本より安く作れるはずです。
食料自給率の話になると、もし貿易が出来なくなったら(輸入国と戦争になったら)
どうするのか。という話が出て来ます。これは、経済学の問題ではなく、
政治の問題です。
あえて経済学の考え方を当てはめると、貿易の場合は必ずその対価を支払って
いるのだから、お互いに利益があるはずです。その関係が切れることによって、
不利益を被る団体・個人から、関係が切れることに対する反対が、出てくると
言うのは、国家の論理を甘く見ているのでしょうか。
太平洋戦争も、原因はともかく物資が輸入できなくなった事が開戦のきっかけの
一つであることは、間違いないと思います。
貿易をする事によって、お互い豊かになって、平和になると思うのは、甘い考え
なのでしょうか。
トランプ大統領も、そのくらいのことはわかっているのでしょうが。
さて、日本では、ほとんど石油は出ません。
その自給率は、0.13%とウィキペディアに書いてありました。
それでも、誰一人として、石油自給率を上げろとは、言いません。
江戸時代は、鎖国をしていたので、食料自給率は100%でした。
江戸時代の人口は、国内の戦がなかったのにもかかわらず、3,000万人程度を
上下していたようです。
そのうち農民が人口の90%以上で、それだけの割合の人々が、農業生産をして
いたのに、天候が悪いと餓死者が出ていたようです。
その後、技術が進歩したからと言え、貿易の無い鎖国状態で、この日本列島に
生きていける人数は、何人なのでしょうか。
単純に食料自給率が低いから、高くしなければならない。というのは、現状を
見る限りは最重要事項ではなく、その前に、貿易を途切れさせないことの方が、
優先に思えます。
今月は、中途半端に意見をもうしあげました。
来月は、もう少し建設的な意見を申し上げたいと思います。
★第74回 地産地消、フードマイレージ、食料自給率について その4 ★
晩秋の候、日だまりの暖かさが心地よい季節となりました。
立冬も間もなくとなり、冬が駆け足でやってまいります。お風邪などお召しに
ならないようご自愛ください。
今回は、『地産地消、フードマイレージ、食料自給率について その4』を
お届け致します。
先月は、泥縄での経済学の知識に基づくお話を申し上げました。
今月は、それの続きと、もう少し建設的な意見を申し上げます。
< 前月から続く >
また経済学的に見ると、輸入代替策としての生産という考え方もあるようですが
これは工業製品のように原料、部品の段階を踏んだり、パーツに分かれたりして
いる仕組みに使うものであり、農業製品に使うとなると、単品ごとの作物になる
ので、自動車で表すと工業的な輸入代替策は、エンジンだけを作って輸出をして
完成車は輸入するとか、パーツは輸入して最終組立だけするとかになります。
しかし、それを農業でのやり方を置き換えると、レクサスは国産で、カローラは
輸入にするとか、車種(品種)ごとの選択になります。
それを選択する立場であったら、非常に難しい選択になると思います。
なんでも保護して、輸入制限や関税を掛ければ、生産者は価格維持がされて、
国内の限られた競争になりますが、消費者は、高い農産物を買うことになります。
その逆だと、農業が競争力を失います。裏付けが取れていないので、恐縮ですが、
アメリカやEU諸国は、日本の農業補助金の何倍もの補助金を農業につぎ込んで
いるようです。
経済原理と貿易均衡と国内調和のバランスを取って、農作物の品種を選んでの
自由化ということにするのは、落としどころとしては、ベストではありませんが、
そんなに外れた選択ではないかと思います。
そこから、最近は耳にしませんが、「コメは、聖域。」ということで、コメを
守ることにしたのでしょう。
先程は、「比較優位説」などの生半可な知識をひけらかしましたが、さらに、
数年前から流行った学説を紹介すると、「自由貿易が格差を生み出して、民主
主義を壊す。」と言う説です。
これは、フランスの人口学者のエマニュエル・トッドたちが唱える説です。
トランプの当選を当てたことでも、有名になりました。
その説を独断でまとめると、中国の人件費が安すぎて、あらゆるメーカーが
中国生産をするために、それに価格を合わせるために国内の賃金が上がらない。
さらに中国で安価に物を作って本国に輸入して来る会社の経営者だけが、
富を独占することになるから、格差が広がることになる。だから、部分的に
保護貿易にして、国内の労働者を守ろうという説です。
規制する品物を何にするか具体的な品名は、ありません。
安易にこの説に乗っかると、コメだけは、補助金漬けにしてでも、守る。
そこで、主食の内製化を図る。という戦略は、あながち、的外れな戦略とは
言えないと思えてきます。
一つだけ守ると言われれば、コメと答えるしかないでしょう。
しかし、この戦略の最大の問題は、日本産のコメが輸出品もしくはそれと
同等の国際競争力をもつ作物とならなければ、弥縫策に過ぎなくなることです。
世界の人口は、これからも増え続けるでしょう。その分、食料も必要になります。
そこに貢献できるようなコメ生産になると良いと思います。
以上のことから、食料自給率のような遠回りだか、喫緊の課題だか、
よくわからないところから、敵は本能寺的にコメ問題に導くのではなく将来への
方針を明らかにした上で、策を講じる必要があると思います。
日本の農業政策にエールを送ったところで、長々と書き連ねましたが、
このくらいにしたいと思います。
付け焼刃の経済学の知識を恥ずかしげもなく披露して、ご迷惑を掛けました。
なにか間違っていることがあれば、教えて下さい。
★第75回 コメと小麦について ★
昨日は、南からの暖気の影響で、東京都練馬区では25.0度を観測し、
14年ぶりとなる12月の夏日となりました。
一方で、今週末から来週にかけては一時的に冬型の気圧配置となり、
全国的に冷え込む見通しの様です。
急激な気温の変化に体調を崩されませんように、十分にご注意下さい。
今回は、『コメと小麦について』をお届け致します。
最近、日本の農業について、色々と本を読んだりしています。
そこで、考えを進めていくと、農業問題は、コメの問題であり、農産物の
輸出入の問題ではないかと思い至りました。
そこで、主食のコメ(国産中心)と小麦(輸入中心)について考察をしてみると、
新しい切り口が見えてくるのではないかと、思い立ちました。
まず、コメは、全世界で約4億8千万トン生産されています。
穀物の生産量としては、トウモロコシの約10億トン、小麦の約7億2千万トンに
次ぐ生産量です。ちなみに、大豆は、約3億2千万トンです。
そのうちの貿易率(生産量のうち、どのくらい輸出入があるか)は、トウモロ
コシが13.5%、小麦が22.6%、大豆が39.7%で、コメが9%と少なく、コメは、
生産国でそのまま消費されていると言うことになります。
日本のコメ生産量は、781万6千トンで、消費量は、796万6千トンです。
(以上、農水省HPより)
生産量より消費量が多いと言うことは、その差を輸入していることになります。
約15万トンがその差です。
生産量に対して、貿易量が少ないと言うのは、何かあってその国の生産量が
落ちた際に他の国から手当てがしにくいと農水省は言いたいようですが(私の
勝手な解釈です。)、しかし、貿易量が多いからと言って、自由に買えるとか、
買う方が有利だとかは、ないでしょう。
小麦は、日本国内では約85万トン生産されて、約550万トンが輸入されています。
一人当たりの1年間の消費量で考えると、穀類91.9kgで、そのうちコメが57.8kg、
小麦が32.8kgという消費量になります。
日本人は、思ったより、コメを食べているなと思いました。
小麦は、小麦粉として、パン、うどん、ラーメン、スパゲッティ、ピザ、お好み
焼き、ナン、鯛やき、肉マン、と少し考えただけで、これだけの料理が思いつき
ます。また、揚げ物系も、小麦粉が必要です。コメは、白飯とチャーハン、雑炊
くらいしか、思いつきません。強引に行って、ベトナムのフォーですか。
しかし、小麦粉を使った料理を見てみると、日本古来の料理というか、江戸時代
あたりに食べていた料理は、うどんと天ぷらくらいしか、無いように思えます。
(この原因は、太平洋戦争後、アメリカ政府が余っていた小麦を援助物資として、
売り付けたことによるとする説を私は支持します。)
それぞれの価格から、比較してみると農水省の平成30年9月のデータで見ると、
コメ(玄米)が¥262.72/kg、小麦が¥55.56/kgとなります。
コメは、精米しますし、小麦は、小麦粉にしてから、さらに加工をしなければ、
なりません。
コメの精米は、小麦を小麦粉にすることに比べたら、それほど手間の掛かる
ことではありません。家庭で、毎食精米してご飯を炊いていることは、よく
耳にしますが、小麦を挽いて小麦粉を作っている家庭はおろか、自家製麺の
ラーメン屋さんでも、聞いたことはありません。
小麦の製粉には、かなり大きな設備が必要になるようです。
コメと小麦の価格比較をするのに、一つの方法としては、精米とスパゲッティの
価格を比べることでしょうか。そうすると、どちらも¥400/kg程度です。
北米では、トウモロコシ、小麦、大豆は、ほぼ同じエリアで栽培されています。
コーンベルトと呼ばれる地域です。このエリアでは、連作障害を防ぐために、
3年で1回転、もしくは、4年で1回転(1年は畑を休ませる。)する作付け方法を
取っています。
連作障害の強さは、大豆、小麦、トウモロコシの順に強いようです。その結果、
農家は穀物相場の高低によって、トウモロコシの連作を行うことがあるようです。
以上のことは、南米でも同様に行われています。
コメは、連作障害がない作物とされています。それは、水稲に限ってのことと
思われます。陸稲と呼ばれる畑で作る(田んぼで作らない)稲には、連作障害が
あるようです。水田の水を張ったり、抜いたりすることによって、連作障害の
原因が、除去されるようです。
冒頭で申し上げたとおり、コメについて、浅はかな意見をメルマガで申し上げ
ているので、ささやかな読書をしております。
その途中ですが、気になったことがあります。
「栽培植物と農耕の起源」中尾佐助 著 岩波新書の中のイネに関する章の
終わりに、以下は、私がザックリまとめたものです。
「インドや中国では2,000年以上も、コメと小麦の両方を何億人もの人が食べて
きたが、コメの支持者が増えている事実がある。また、他の小麦とコメを併用
して、食べている地域でもこの傾向は、変わらない。」とあります。
1966年の初版ですので、50年も前の本です。
あきらかに、日本においては、中尾氏の説と逆行する傾向がでています。
中尾佐助氏が、現代の日本の食生活を目の当りにしたら、どのように評価され
るかが、気になります。
今月は、このくらいにさせていただきます。
来月からは、コメについてもう少し勉強して参ります。
★第76回 コメと麦について その2 ★
皆様、新年あけましておめでとうございます。
昨年は、ご愛読いただきましてありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
先月号で、世界的に見て、小麦からコメへの作付けでのシフトが起きている
との説がある。しかし、私の居る環境では、コメよりも小麦粉を原料とした
食物の方が、勢いがあるように思えます。
確かに、中尾佐助氏の著書には、2,000年間の中国とインドの何億人のサン
プルのデータに基づくと書かれていたので、日本の片隅の数十年の感想とは
スケールが違います。
そこで、どう言った理由で、小麦からコメに作付けが代わって行ったのかを
私なりに考えてみました。
中尾佐助氏は、著書のなかで、コメの方が小麦に比べて、味が良いから、
大衆がコメを求めるので、小麦からコメへのシフトが徐々に起きていると
言っています。
それについては、私は、この道の大家に重箱の隅をつつくようにケチを
つけるのは、申し訳ないとも、思いました。
さらに本に対する読み込みが足りない。という批判をいただくことになると
思いますが、それは甘んじてお受けします。
しかし、どう考えても味が良い悪いは、主観的な評価であり、コメの方が
うまいから、小麦からのシフトが増えているのではなく、シフトが起きて
いるから、コメがうまいという人が多くなっているという結論になり、
因果関係が逆ではないかと思います。
まず、ご飯の味とは、舌触りや歯ごたえや粘りと言う、味覚ではなく触覚
(テクスチャー)であり、それがコメのうまさであり、ご飯の味は甘くも
塩辛くもない無味だと思います。
また、小麦粉から作るうどんにもいろいろとあり、腰のあるしっかりした
歯ごたえの讃岐うどんもありますが、ふっくらとした柔らかいうどんも
数多くの地域で見受けられます。
これが、どちらがおいしいかを判断する理由は、味の良し悪しではなく、
習慣の問題だと思います。
結局、味は習慣であり、特に米と小麦で味が違うと言うのは、肉ジャガの
肉が豚肉か牛肉か。と同じような違いでしかないと思いますので、味の違い
によって耕作面積がコメが増えていると言う説は、説明がつかないと思い
ます。
また、カロリー面から見ると、コメのカロリーは、100gあたり356.1kcal
です。小麦のカロリーは、337kcalなので、小麦粉だと368kcalとあまり
違いはありません。この考えも、理由にはならないようです。
続いて、農作業の手間に関しては、私は畑も田んぼも農作業をしたことが
ないので、想像と人から聞いた話から考えを申し上げます。
畑を田んぼにするのは、半端でない手間が掛かるそうです。
想像して見ても畑なら多少傾斜があっても、なんとかなりそうですが、
田んぼで傾斜があったら、水がこぼれます。
また、その水を田んぼに引き込むのも川が横を流れていたって、大変です。
しかし、田んぼが出来てしまえば、日々の作業は、田んぼの方が負担は
少ないようです。少なくとも、水やりはしなく良い。
だから、一旦、田んぼにしたら、畑には戻したくないという理由で、コメの
作付面積が徐々に増えていることは、考えられると思います。
また、コメと小麦の単収(10アールあたりの収穫量kg)の違いも、
あるようです。小麦の平成21~30年の各年をざっくり平均してみると、
300kgくらいです。一方、コメは、500kgを超えています。
しかし、これは、近年(50年ほど)急激にコメの単収が増えて来たことに
よるようです。明治時代までは150~200kg程度で、そこから第2次大戦前に
300kgくらいになったようです。
小麦の単収も、ここ50年くらいで、200kgくらいから300kgへと増えています。
しかし、西欧諸国では、700kgを超えているようです。調べていて驚いたのは、
コメも世界的に見ると単収700~800kgを上回る国があり、オーストラリアは
1,000kgを超え、アメリカも800kgを超えていることです。
日本は、単収が少ない国々に属していることでした。
それに加えて、先月号で書いた連作障害の有無も、コメにとっての大きな
メリットとなることは、間違いないでしょう。
以上のことから、小麦からコメへのスライド現象は、作業の手間が楽ではあり、
連作が可能というメリットがあるが、畑から水田への転換に大きな労働量が
必要となるために、徐々にしか進まない。という私なりの結論となりました。
当初、結論は、単収の違いになるだろう。と思っていました。
農水省の資料にあたったら、丁度良いデータがあったのでシメタと思いましたが、
世界的にどうだろうと思い、国連のFAO(食糧農業機関)の資料を検索したら、
各国ごと、作物ごとに毎年の収穫量と作付面積と単収のデータを検索できる
ページがありました。
英語表記なので、使い勝手はあまり良くないのですが、頑張れば色々と調べら
れます。
それを見て居たら、品質の高い物を大量生産することが、日本の特技であると
思っていましたが、それが、工業製品にしか当てはまらないことを知りました。
農産物の絶対量は少なくても、単収は秀でていると思っていました。残念です。
次回からは、コメについて調べてお話します。
★第77回 コメは、どうやって栽培植物になったか ★
立春の昨日は全国的に気温が高く、北陸では過去最も早く「春一番」が観測
されました。
5日は気温が一気に下がり、今週は気温のアップダウンが大きいそうです。
天気も短い周期で変わります。体調管理には十分にご注意下さい。
今回は、『コメは、どうやって栽培植物になったか』をお届け致します。
人類が地球上に広まって、農業は、同時多発的に始まり、長い時間を掛けて
段階的に進んでいったと、去年、ベストセラーになった「サピエンス全史」に
書いてありました。
また、農業は、栽培植物が仕掛けた罠に人類が嵌った結果だとも、書いてあり、
狩猟採集生活に比べて、定住生活は、安定した生活になったかに思えるが、
かえって不安定な生活となり、狩猟採集生活にはない様々な不安(凶作や武装
盗賊)が増えたとしています。
その代わりに得たものは、個体数の増加(人口増)であった。人口が増えれば、
その分食料が必要になり、それに合わせて収穫も増やさなければならなくなる。
戻れない一方通行の道に迷い込んだようなものである。
別の言い方をすれば、個体数の増加は、種としての成功であるが、これは、
栽培植物にとっても人類に栽培されることによって、人類の個体数が増えたこと
と同時に栽培植物の個体数も増え、それが栽培植物の罠に嵌ったとも言える。
とのことです。
このように、農業を行うことによって、人類は定住化して、個体数を増やして、
その他の生物だけでなく、狩猟採集を行う人類さえも、征服したようです。
さて、コメは、古事記によると、スサノオがオホゲツ姫(抱月姫)を殺したら、
その亡骸が五穀と蚕となり、それを持って天から地上に降りて来た。となって
います。
日本書紀では、それがツキヨミとウケモチとの関係になっていて、天照大神に
よってツキヨミが使わされて、天照大神によって五穀が民に分け与えたところが、
古事記と違うところだそうです。
この話の解説は、五穀は日本に元来から存在するものではなく、外の世界から
もたらされたものである。と言う意味のようです。
古事記が成立したのが8世紀の初めで、日本書紀がそのすぐ後なので、この時点で
コメを含む穀物類と蚕は、日本に存在したと考えられます。
ここからどこまで遡れるか、どのように伝播したのかが、学説によって違います。
原産地はどこなのか。原種がどのように栽培植物になったのか。
それをフィールドワークすることなく、安楽椅子探偵ほど高級ではありませんが、
様々な書物によって、考えて見ようと思います。
そのような本に登場する科学的なツールは、次の通りです。
まずは、炭素の同位元素のC14の測定です。これは、考古学で年代測定に
使われています。
それと、DNAの鑑定。さらに、プラントオパールと呼ばれるもの、それは
イネ科の植物では、植物珪酸体がガラス質に変化して、その植物の枯死後も
土中に残存する。
さらに、植物体ごとの特徴が違うために種を特定することが可能になる。
それによって、そこで米がまとまって育成されていたことがわかるようです。
イネ科に属する植物は、世界中に分布しており、食用のイネ、小麦、大麦、
トウモロコシ、アワ、ヒエ、キビ、サトウキビ、ハト麦に加え、竹、笹、芝まで
属しています。
これらの植物の全てが、プラントオパールによって過去の存在がわかるという
のは、素人の私からすると、すごいことだと思います。
「イネの起源を探る」関連の本を数冊に目を通しましたが、どれも過去の説を
紹介し過去の説の問題点を指摘するやり方で、筋道を踏んだ論理展開があり、
自説を披露するという、キチンとした学者さんの書いた本でした。
(トンデモ本は、ここのところがありません。自説だけです。)
以上のようなことから、それぞれの異なる部分に対しての評価は後回しにして、
共通している事柄について、申し上げます。
まず、先に申し上げた通り、イネは、どこから伝わって来たことは説が分かれ
ますが日本原産ではないことは、確定のようです。
コメの種類の分け方に、ジャポニカとインディカという分け方があるので、
少し期待をしていたのですが、違ったようです。
さらに、水田も日本オリジナルではないようです。
棚田に月が写っている風景なんかは、日本の原風景に思えましたが、残念です。
今回は、このくらいにして、次回以降、イネとコメについて、さらに勉強しようと
思っております。
★第78回 イネの起源地について その1 ★
今年の3月3日は、雨の「ひなまつり」となってしまいました。
千葉の勝浦地区で開催される「かつうらビッグひな祭り」。
テレビでも紹介される、60段の石段に並ぶ「約1800体のひな人形」が有名です。
3日当日は雨天中止で、残念ながら展示されなかったのでしょうか。
一度は訪れたい、お祭りのひとつです。
今回は、『イネの起源地について その1』をお届け致します。
先月に続いて、稲の話になります。暮れから何冊か本を読んで勉強をしました。
「栽培植物と農耕の起源」中尾佐助 著 岩波新書
「稲の日本史」佐藤洋一郎 著 角川文庫
「コメを選んだ日本の歴史」原田信男 著 文春新書
「稲作の起源 イネ学から考古学への挑戦」池橋宏 著 講談社
イネの起源地についての学説の流れを辿ってみると、次のようになります。
まず、1968年に盛永俊太郎(以下敬称略)が、ヒマラヤ東部地域説を唱えます。
続いて、1975年に柳子明が、前6000年頃に雲南・貴州の高原を起源とする説を
唱えます。
さらに、1977年 渡部忠世が、アッサム・雲南起源を唱え、これは、農学的な
手法(コメの野生種や栽培種を集めてその分布や形状を分析する)で、調査を
行った結果であり、アッサム・雲南は、照葉樹林文化論のセンターに位置する
場所です。
この学説を始めて提唱したのは、中尾佐助であり、東南アジアから日本に掛け
ての文化は、共通点が多く、ひっくるめて「照葉樹林文化」名付けました。
中尾佐助は、当然アッサム・雲南説です。
その共通の特徴(要素)のひとつが、焼畑農耕です。イネは、水田で育てます。
その違いをどのように橋渡しをするかが、課題となります。
稲の起源をこの説に当てはめるには、焼畑農耕(畑)と水田の関係をすっきり
させないと筋が通らないことになります。
それについて渡部は、水陸未分化稲の存在を想定する。という仮説で乗り切り
ます。水陸未分化稲とは、湿地でも焼畑でも、栽培可能な稲のことです。
これによって、渡部の説は、広汎な支持を得ました。
しかし、渡部は、自らイネの起源地究明は、エンドレスの課題と言っています。
その後、新たな学説が出てきます。それは、遺伝子研究の成果を踏まえたもの
です。
植物遺伝学者の佐藤洋一郎が、中国長江下流河姆渡遺跡(6,000~7,000年前の
古代稲作遺跡)を調査し、更に東南アジアで遺伝子工学の立場から、野生イネ
と栽培イネのDNA鑑定を行いました。
その結果、渡部のアッサム・雲南説を否定する長江下流起源説を唱えることと
なりました。考古学的調査でも、アッサム・雲南地域では、古い稲作遺跡は、
発見されていないということもありました。
データ的に長江下流域が稲作栽培の本拠地である可能性が高まりました。
そうした状況のなかで、佐藤は同地域におけるイネの分析に全力を注ぎ、それ
らの遺跡で出土したイネのなかに野生種が混じっていることを発見しました。
すなわち、栽培地に同時代の野生種があれば、その地域が起源地ということに
なります。
しかもこれらのイネは、全てジャポニカ種であったことから、インディカ種の
起源を別にすれば、長江下流域でジャポニカ種の栽培が始まったとする新しい
学説を提示しました。
ここまでが、リストの上3冊に書いてあった個人的なまとめです。
4冊目の池橋氏の「稲作の起源」については、考え方が別の路線なので、次回に
改めてそのお話をさせていただきます。
★第79回 イネの起源地について その2 ★
新元号「令和」が発表された1日は、ほぼ半日、新元号関連ニュース一色と
なりました。
新元号発表を生中継したNHK特設ニュースの瞬間最高視聴率は、27.1%を記録。
平日午前中にも関わらず、大勢の視聴者が歴史的瞬間を見届けたのですね。
平成の次となる「令和」は、どんな時代になっていくのでしょうか。
今回は、『イネの起源地について その2』をお届け致します。
前回に引き続き、栽培イネの起源についてです。
前回では、思わせぶりに次回に続くとしてしまいましたが、今回ご紹介する
「稲作の起源 イネ学から考古学への挑戦」池橋宏 著 講談社を読んで
その内容に対して、いままでの学説と全く前提条件が違うと思いましたので、
別の回にした方が良いと思い、このような形にさせていただきました。
著者は農林省でイネの品種改良に長年携わり、その後、千葉大学、京都大学の
教授となった。イネの専門家です。
その経験と知識から出された説の主旨は、以下のとおりです。
① イネは、種子ではなく、株分かれで、増えて行った。
② 焼畑農業の陸稲は、水田イネの進化過程には、関係がない。
まず、イネの祖先種の種子は、いわゆる稲穂のように熟しても、籾(種子)が
そのまま残ってはいずに、ドンドン穂から離れて、地面に撒き散らされていた
ようです。
これは、現代に保管されている祖先種に共通した性質なので、栽培が始まった
時も同じと考えられます。また、蒔かれた種もいつ芽を出すかは、まちまちで、
現代のイネのように、決まった時期にもしくは、条件で芽を出すとは決まって
いなかったようです。
この前提条件が、①の株分かれ説の根拠です。
現代のイネでも、刈り取った切り株から、新芽が出ていることを目にします。
株分かれで植物が増えて行くことを「栄養繁殖」と言います。我々味噌屋は、
麹菌がこのような増え方をするので、イメージしやすいです。
また、人類が最初に栽培した植物は、イモを始めとする根栽植物である。
そして、イネの生息環境は、湿地であり、そこで、根栽植物と同じように
栄養繁殖をしていたイネの祖先種を栽培するようになったのではないか。
と言う説です。
さらに、「照葉樹林文化」についての疑問から、湿地に自生していたイネの
祖先種が、焼畑農業の陸稲を経て、再び水田の水稲になる。
農地も、焼畑農耕から段々畑となり、棚田になっていく流れも、不自然さを
覚える。という考えです。
確かに、焼畑農耕は、農業によって定住をすると言っても、現在そのような
習慣の残る東南アジアの状況を見ると、3年くらいで地味(土地の栄養)が、
減衰するので、また、新しい原野を山焼きして、移住していく農耕であり、
定住農業生活に比べて、より狩猟採集に近い生活様式です。
それ故、その生活様式をつなぎにして、狩猟採集から定住農業への橋渡しを
という考え方です。
その考え方に対して、池橋氏は、山野ではなく、川や海の漁労との組合せに
目を向けて、水辺では、魚や貝も取れ、山野を駆け巡って獣や木の実を狩猟
採集するよりは、効率が良いので、焼畑農耕ではなく、水辺の漁労と初期の
農耕との組合せが、定住農耕へのつなぎである。とする説です。
また、イネの専門家としての見地から、イネは本来多年草であり栄養繁殖を
していた。
それが一年草で種子繁殖をするようになり、山地の焼畑に播かれる陸稲と
なったのは、平地の水田の水稲より後の段階ではないかという考えが提示
してあります。
ただし、イネの栽培起源地については、長江下流としています。
私個人としては、とても合点が行きました。
★ 第80回 東京農業大学総合研究会 その1★
史上初の10連休は、どのように過ごされましたでしょうか。
待望の声もあれば、「長すぎる…」という声もあったようです。
元号は「令和」に改められ、2019年のゴールデンウィークは歴史の大きな
転換点を迎えました。
今回は、『東京農業大学総合研究会 その1』をお届け致します。
『東京農業大学総合研究会「稲・コメ・ごはん部会」第7回セミナーに参加して』
1月末に東京農業大学で、「稲・コメ・ごはん部会」のセミナーが開かれ、私は、
別の部会(醸造)なのですが、(大学OBでもありませんが)参加が可能だったので
お話を聞きに行って来ました。
「野生の稲に学ぶ 稲・コメ・ごはんの今昔」
国立遺伝学研究所 植物遺伝研究室 佐藤 豊 博士
「ごはんの美味しさを決める遺伝子を見つける」
農研機構 次世代作物開発研究センター 堀 清純 博士
「一株の稲に、たくさんのコメを実らせるには?」
従来の品種改良からゲノム編集まで
農業・食品産業技術総合研究機構 小松 晃 博士
以上の3講演、各1時間ずつでした。
最初の佐藤博士のお話ですが、国立遺伝子研究所の説明からでした。
遺伝研では、21種、1,700系統のイネを保存している。
実際に種を蒔いて育てている。
春夏は、実際に田んぼで育てていて、冬でも研究室の中で育てているので、
四季を通じて、用事があるとのことでした。
野生稲の特徴としては、熟したら穂から落ちて周りに拡散するという脱粒性と、
発芽条件が揃っても、発芽のタイミングがマチマチである休眠性を持っている
そうです。
現在のアジア稲は、Oryza sativa L.(オリザ サティヴァ)という品種で
インディカ種ジャポニカ種(温帯、熱帯)の3種類の稲がこの品種である。
このほかには、Oryza glaberrima Steud. オリザ グラベリマと呼ばれる
アフリカ稲があり、稲の種類は、世界で2系統である。
オリザ サティヴァは、栽培種で、その野生種は、Oryza rufipogon
オリザ ルフィポゴンである。
そこで、最新の栽培イネの起源に関する情報を聞いて来ました。
Nature誌に「野生イネの大規模ゲノム解読による栽培イネの起源解析」という
論文が、載る。世界中のイネの祖先種(数十種)を材料として、最新のゲノム
解読装置で解析した結果、祖先種のDNAは、大きく3つ(温帯ジャポニカ、
熱帯ジャポニカ、インディカ)に分かれており、中国南部(珠江河口)で
ジャポニカの古い種(オリザ ルフィポゴン)が栽培化された。
その種が、温帯ジャポニカ種に進化し、その種が、南の島嶼部に行き、熱帯
ジャポニカとなった。
また、その祖先種が、インドの方に移動するに従って現地の種と交雑して、
インディカ種となった。
したがって、栽培イネの起源地は、珠江下流(ジュコウ、ざっくり香港等、
広東省)とのことでした。
これが、最新の情報のようですが、個人的な感想としては、このような結論は、
遺伝子のゲノム解析からだけで、決められないと思っています。私としては、
これはゲノム解析の面から見た意見であり、別の面からの情報を組み合わせて、
結論に達すると思います。
たとえば、遺跡の発掘とか古文書は無理かもしれませんが、言い伝えのような
神話のような話からとかの考古学的なアプローチが、必要な気がします。
ここまで、ゲノム解析が進化したことは、素晴らしいというか、末恐ろしい
感触です。
今回は、このくらいにして、次回もまた、講演で聞いた話をご紹介します。

